温泉津駅―夜の温泉津駅
2011年7月
とりあえず温泉津で下車。疲れ切っていて、何かができる感じではなかった。もしわかりやすすぎる形で風呂屋が開いていたら、なだれ込もうと。けれど時刻は20時過ぎで、開いているかわからなかった。事前に確認する方法もない。ただ、この辺では風呂に入れるはずだという記憶だけだ。
夜の駅を鑑賞している余裕はあまりなかった。建物は新築で、旅情は減じていた。しかし機能として考えれば、まった問題ないのかもしれない。開放感があり旅館の広告もあり、それでほんのり山陰感もある。駅前は昔のままらしく、小さな海辺の温泉街の雰囲気が残存していた。
開いてるかな、と思いながら閴とした温泉街を歩いた。温泉街といっても、ところどころぼうっと灯りが照らすばかりで、誰も歩いていない。
前に調べたとき、ここはだいたい20時で閉まる記憶があった。そして一軒遠いところに21時までやっているところがあるのを覚えていた。その記憶が悪くした。
開いているのを一件見つけたのだ、けれどよう入らない。ここはたぶんもうまもなく閉まるのを知ってしまっていたから…あるいは開いているだけで、銭湯自体は閉まっているのかもしれない。とかく、人の気配はない。
とにかく、その21時まで歩いているところを探してみることにした。
途中海沿いに出て、さらにその先にあるらしいとわかって、心が折れはじめた。夜になっても温い潮風を浴びて、どうでもよくなってきた。
駅から歩いて行く、こんなに美的なこともないけど、もう荷物がめちゃくちゃに重い。駅寝を続けて疲労が激しい。
けっきょく、その温泉街に入りかけたところで、力尽きた。もう探す気力はない。疲れた。夜の古風な海辺の温泉街の奥座敷の広がりを見て、それでお腹いっぱいになったというのもあった。そう、ここのお風呂は、実用のためというより、温泉そのものを楽しむところなのだ。
風呂上りにいいな
もう時刻は20時半だ。今から入っても、ほとんどカラスの行水で終わるだろう。荷物から必要なものを引っ張り出して、着替えて、入って、また着替えて、それをする気力がない。
「帰ろう」
駅へと戻って、駅近の方の温泉街が見えるとなんかほっとした。山や峠、坂道の心理的障壁というのは、意外と重いものかもしれない。自動車が走っても、開削されても、しかしその方がそれで見えなくなってる分、厄介で、潜在的に心理的影響を及ぼしていることだってあるのである。
私は小学3年のとき、何日か京都まで通う用事があったが、すっかり胃を壊してしまった。なんとなく山科トンネルや東山トンネルが、なんとも言えないけど、苦痛だったのだ。診療してもらうと、医師はそれはあるかもしれないと言ってくれたが、親はそんな理由は許されないといった態度だった。
もっともそんなナイーブな精神は気づかないうちに治ってしまって、今ではなんのことだかわからないという感じだ。それでも何かの通いなどで京都と大津の間のトンネルを新快速で走り抜けると、ふと、どういうわけか今でも急にしんどくなることがある。くるまに変えてからは、かなりマシになった。それでも東山の運転はめちゃくちゃ大変だ。山科側から五条バイパスに乗るなら、急勾配の中、右車線を死守しないといけない。朝は絶対入れてもらえないのである。
駅に着くと、いやにデカい白猫が脚にまとわりついてきた。連れて帰ってほしいというより、なでてほしい感じだ。お互い寂しきものはなんかこう引き寄せるものがあるのだろうか…とか思っていたが、その後、列車から降りてきた人にも手あたり次第まとわりついていた。
にしても、夜は猫もさみしいんですかね。まぁこんなところほんと人通りなくなるしな。
結局、ここに来たのは間違いだった。せめて一本早いのに乗っていたら、もっと違っていたかもしれない。あと、このときほどez-webがあったらと思った。あれで何とか地図も見られるだろうし、電話もできる。まぁ仕方ない。ふだん使わなさすぎるから、契約したら無駄になってしまう。
「明日からどうすればいいんだろう」
途方に暮れる。明日からの予定として組んでいたのは一つなくはなくて、それは浅利駅で駅寝して、そこから近畿に向かって下車旅するというもの。
「これしかないよなぁ」
ここで駅寝してもいいけど、やっぱ江津~温泉津がおもしろいのでアサリまで移動だ。