田儀駅
(山陰本線・たぎ) 2011年7月
久手を出て、波根へ。もうこのまま出雲市へ向かい、そして米子、もうそのまま帰ってもいいと思っていた。降りたい駅は降りたし、海も十二分に見た。そもそも今日も駅旅を続けたのは、昨日の三江線の旅の果てに海を見られなかったからだ。
列車は波根を出て立神岩に別れを告げると、詩的な名前、醒水山トンネルに入る。その後列車は、何度も海をたった一人で見せ続け、不思議の港や集落を過ぎていく。そう、この海の断崖上を走るこんな厳しいルートを取っているのは、鉄道だけなのだ。
なぜ不思議な港なのだろうか? 灘山港、山谷港、島津屋港。前者二つは、車道でのアクセスがどの地図でも明記されていない。
いくつものトンネルを抜けると、ようやく海辺にありながらどうにか開けたところに出てくる。そこが田儀だ。するとどうだろう、これまでの車窓で何度も、途中で降りられたらな、と思っていた海の間近な車窓が、駅を伴っているのだ! もう簡単に言ってしまうと、海を見下ろすめっちゃ眺めのいい駅に着きそうってこと! すっかり帰るつもりをしていたけど、これを見てやり過ごすというのは、不可能だった。もうなにか夢遊病者のように頭をぼんやりさせながら気もそぞろに運転台まで歩いていて、車内での改札のための列をつないでいた。
とにかく降りた! すばらしかった。こんな海の眺めのいい駅があったとは! 感無量だ。もっとも、駅舎は新しくなってしまっていたはずだ。しかしそんなことなんてどうでもよくなってしまった。けれども ― やっぱり駅に止まった車内から見たのがやっぱりいちばんだったかな。線路上でちょっと高い位置から見る、それがこんなにも違うものだろうか?
正直、何も知らず、車窓を見てここはと思って降りて、感銘を受けるというのは、本当に旅だという感じがして、何か未知の世界において自分が或る一点だという気がした。自分も事前にいろいろ調べてはいたはずだ。けれども旅に出るとそういうのをすっかり忘れてしまう。
東は北海道のように雄渾に、島根半島の山容が海上にぼんわり浮かび上がり、爽快な景観を呈している。そう、ここは出雲國と石見國の境なのだ。波根から田儀までは断崖が矩形に海に突き出していて、國境を成しているのであった。
「波根からは島根半島は見えない。それが見えるか見えないかというのは、重要だったのかな」
ホームは島式一つで、隣には国道9号か走っているという、なんか断崖の狭い平地をギリギリ使っているという感じだ。なので静かではないし、解放感もある。けれどもホームの待合室は旧駅舎時代のもので、国道に比して、ここだけは全く別の時間が流れているみたいだった。
ドライバーはドライバーとして、自分の車のを引き連れる責任があろう。彼らが駅に来ても、また車に戻らざるを得ない。けれど僕は、鉄道の時間と一体化せざるを得ない。これが鉄道の旅だ。
頭に掌をひらひらさせながら駅舎へと向かうけど、駅寝続きの睡眠不足と炎天下の中、ほんと吐き気がすごい。そういえば食べ物もほとんど口にしていない。もうその辺に今にもぶっ倒れそうだが、それでも、駅旅を続けたかったし、この駅に降りずに先へ進むことができないほどの魅力が車窓から感じられた。
もとかく、ちょっとかわいらしい感じの新駅舎に向かおう。そこには手引ヶ丘公園と書いてあって、そのすぐ前に分岐の線路が走ってるもんだからなんかその公園までトロッコでも走ってるのかと一瞬思った。
線路の間の通路を歩いて構内踏切に至るが、横に国道があるのに、そこに出られないのが何か不思議で、混乱した。いまだに僕はここの地形を完全に理解できないでいる。それはこの辺り一帯の「浮遊感」だろう。国道も鉄道の路盤も、なんか浮いてる感じがするのだ。海が下方にあるためだけど、この地平が大規模な高架の上にあるような、そんな感じがしてしまうくせい、なにか造りものめいている、なのに、きっとほとんどは天然なのだ。
まぁ新手の駅舎かぁ、たいしたことないだろう、と一歩踏み入れると、圧巻だった。徹底的に木造り。SPFなどの針葉樹をバシバシ貼っていて、床もニス塗りのフローリング。
「こ、これは…」
なんか少年自然の家を思い出す感じだ。壁からテーブルから椅子まで、地元の杉を使いに使いまくった宿泊施設だったな~
ともかく駅舎にしては造り込みが凄かった。そこで、そういやここ、手引ヶ丘公園案内所、とかなってたな、と。シャッターが閉じてるとこあるけど、開いているときは観光案内とかやっているのだろうか。
もちろん「禁煙」
閉じ込められると、アルソックが来ます
内部は二階もあり、全体的に空間のおもしろさが木造ながら仕組まれている、けれども、なんかいやみな感じや、けどった感じは全然にない。それで、「これ、適当なところに投げて造ったんじゃないな」と。たぶん腕利きの建築士がかかわっているのではなかろうか。建具もすべて壁と同じ材で特注で造るなど、その他細かいところも考えられていて、とかく、いたく感心した。新手の木造舎はいろいろと見てきたけど、ここのは全然に違っている。
外に出るとたぶん旧道だったが、いろいろと整備されていて、暗さや古さはなかった。外観は駅舎としては変わっていて、総二階のペンション風。いつもの石州瓦ではなく、市松のピンクと朱なのに、山陰の風景と何気にマッチしていた。
めちゃ暑いです
田儀駅駅舎その3.
雲一つないな…
講演で遊んだ後ここでおにぎりでも食べるんでしょうか
お子様連れなどに…
旅の国道を渡って、海岸を見下ろすと、なんで僕はこんな山陰には変われり映えしない磯海岸を見に来たのだろうと思った。どこもだいたいこんな感じじゃないか、と。海岸を見ることに意味があるのだろうか? けれど夏の晴天を失いたくなかった。疲れ果てていても、何度でも、体が原子力で動いているみたいに、休息と栄養を無視して、海を見たかった。
田儀駅駅舎その5.
結構後になってからですね
ほんま憧れる
この辺は古代伝説や再現された江戸期の大砲などがあり、ちょっと歴史的な高台だ。これも出雲市の歴史に力を入れた観光化の一環なのかもしれない。にしてもうだるような暑さで、国道のアスファルトの照り返しがすごい。カーブのところは広く舗装してあって、パーキングに。かつては食事処もあったようだ。
その再現物です
砲丸投げが競技として残ってます
予想してなかったが、海岸に下りる階段があり、遊歩道があるようだ。やっぱここてだ下車するのはアタリだったんだな、と。ちょっとでもおもしろい道を歩きたい。
磯にコンクリートの細い舗装路があるのは未だ残る子供心をいつでも刺激してくれる。こんな道を波濤が襲ったら刺激的だろうけど、今は真夏、磯の水はぬるく、先の方では地元の子らが浮き輪浮かべて遊んでいた。山陰の方では、磯の近くの小さな浜での海水浴や、磯潜りというのは結構なされるようで、浦富海岸でもよく見かけた。内陸から来た僕としては、やはりつい、壮大な砂浜を選んでしまうというものだ。
こういう磯場は隣りの小田駅周辺まで続いています
石見と出雲の境ですね
暑いから?
プライベートビーチみたいになってますね
しかしここはこうして土切り立ち磯広がるかつての国境(くにざかい)とはいえ、親不知に比すればなんと嫋やかなことよ。嗚呼これが西国か、と詠嘆した。
バーイ
さきほど大砲を見たように、ここは昔は台場でした
よく見たら結構岸から離れて遊泳している人も…
まぁほんと浅いからね
天然の、というより、整備されています
浜が流出したのでしょうか
新潟とか
先述のカーブのパーキングに戻ってくると、多くのドライバーがエンジンでクーラーガンガンにかけて休んでいる。
ほんとこんなところで必然的な理由から休んで旅を続けるなら楽しいだろうなと。家族旅行でも、海を見てリフレッシュとかできそう。
実はここは出雲市側から来ると最後の海が見える休憩スポットだし、旅休みには格好の場なのだ。でもたいていは今の時間は外回りの仕事の休憩かな。
駅へと戻った。もう無理。暑くて。何も食ってないし。食うものも売ってないし。長く列車に乗った体に、暑さに慣れさせることはできたけど…
出雲市とかで降りてご飯食べて時間が減るのもなぁ…やっぱ天気のいいうちに、景色のいいところへ行こう。